トップ プロフィール  海水魚今昔  濾過とは 水槽の立上げ  日々の管理  海水魚の病気と対応 雑学


海水魚飼育における雑談56



58.頭皮欠損症(HLLE:Head and Lateral Line Erosion)2


雑談54では自分の経験した症例について書きましたが、他の方の水槽で飼っている魚やショップで泳いでいる魚でも頭皮欠損症になっている個体を見たことはあります。特にヤッコやハギに多いようです。

他の方から話を聞く限り、少なくとも完治させることは難しいとの意見がほとんどでした。しかし私はこれまで経験した症例から、頭皮欠損症は時間さえかければ一応改善し治癒する方向に持っていける病気として認識しています。まあ巷ではポップアイもほぼ治らないという情報があるのですが、私の場合大抵の罹患魚は治り、難治性のものも時間を掛ければ少なくとも症状は改善されるという経験が大多数です。

これは私の飼育技術が良いということではなく、そもそも似たような症状ではあるが巷で言われるポップアイや頭皮欠損症とは異なる病気なのかもしれません。また、素人では病変部の組織学的検査や観察は不可能ですので、症状としては同じでも難治性のものとは原因が異なる可能性を排除できません。

他の方による頭皮欠損症の治療成功例は、数か月かかったものの屋外温室で太陽光線をふんだんに当てた場合(30年ほど前の症例)と、ビタミンやミネラル類等を飼育水や餌に添加して与えた場合ぐらいしか知りません。



では頭皮欠損症の原因は何なのでしょうか。実際には未だにはっきりとしないようですが、自分の水槽で起きた症例や他の方のHPやブログ、その他情報を総合してみると、ある程度の仮説は考えられます。まずは患部に関して考えられる事です。

1.

鱗を含めた表皮が損失することから、外的要因によって起きた慢性炎症による鱗や表皮組織の壊死、もしくはヒトの自己免疫疾患のような自己の免疫系が自分の鱗や表皮組織を攻撃することによる慢性的な炎症や、表皮組織に侵入した病原性微生物を排除するためのオートファジーが起きている可能性。つまり何らかの原因によって、皮膚の部分に慢性的炎症が起きているか、あるいは再生系が阻害されている状況が考えられます。


2.

魚病学者が患部を調べても原因となる細菌やウイルス、その他微生物を特定できていないことから、強い病原性を持たない魚の表皮部位に常在している細菌が魚の免疫活性低下等の要因によって毒性を発揮している可能性。つまり魚の体表上に普通に存在している細菌(常在菌)が、宿主である魚の免疫機能が低下したことで悪さをしているか、または症状が現れている部位ではなく、もっと遠位な別の場所に存在する原因によって起きているとも考えられます。



次に原因や発症のトリガーに関してですが、諸説あるものの大胆にも二つにまとめてみました。

3.

症状の発端は、魚が日常の生活で負った傷である可能性。これはポップアイによって頭皮欠損症が起きた私の水槽のヒレナガヤッコからの症例からの推測です。何らかの切掛けというかトリガーがあるはずですが、最も一般的に起こりやすい状況として日常生活上の微細な傷害(物理的な損傷)が考えられます。


4.

本来の生息環境下で摂取している特定のビタミンやミネラル類の不足、または飼育環境(銅イオンの過剰使用や活性炭などの吸着剤の常時使用)によって飼育海水の微量成分が失われることによる障害の可能性が考えられます。



このうち4.の説は実際にビタミンやミネラルの添加による治療例があることから、少なくとも頭皮欠損症の直接的な原因の一つである可能性が高いと考えられます。また、活性炭を常時使用した場合、海水中のミネラル類をはじめとする微量元素は減少しますから、この説と矛盾しません。銅イオンに関しても、海水中の様々な成分と結合したり、サンゴ砂や飾りサンゴ等と結合・吸着されたりすることで、飼育海水中の微量成分バランスを崩すことが考えられ、やはりこの説と矛盾しません。

では屋外飼育で太陽光線をふんだんに当てることで治ったという事例はどう考えればよいのでしょう。これはあくまで私の推測ですが、この事例ではビタミンDが不足していた可能性があります。

人間を含むほとんどの脊椎動物ではビタミンD(D3)は皮膚、特に表皮で大量に生合成され、そのためには300nm付近の紫外線を浴びる必要があることがわかっています。

太陽光線を与えることで頭皮欠損症が治った魚も、飼育海水中のビタミンDを含む各種ビタミンやミネラル類が足りなくなり、なおかつ光量不足でビタミンD3の生合成も低下したことが合わさって発症したのであれば、太陽光線に当てることでビタミンD3が必要な量だけ産生されることで治ったと考えられ、4.の説と矛盾はないように思えます。

しかし、頭皮欠損症の原因が特定の栄養成分の不足で全て説明できるのかといえば、結局何も治療行為を行わなかったにもかかわらず治った、私が飼っていたクロシテンやヒレナガヤッコのこともあって、違うようにも思えます。



このようにつらつらと頭皮欠損症の原因を考えてきましたが、もし未だ同定されていない主たる病原体が存在したとしても、私は上にあげたような周囲の複数の環境的要因(飼育水中の高い銅イオン濃度や水質不良、栄養不足や強度のストレスなど)が条件を満たした際に本症状を発症させるではないかと考えています。まあ、魚病の専門家でない私では、このような仮説を考えてもそれを検証することはできません。病気に対してその原因を特定するには因果関係を科学的に立証(再現)する必要があり、さらにその治療法を確立するにはしっかりとした臨床研究が必須です。

アマチュアレベルでは仮説を立てることまではできますが、きちんとした病理検査の実施や病理解剖が出来るわけもなく、本格的な解明はできません(少なくとも学術レベルで、他の専門家に文句を言わせないレベルでなければなりません)。一日も早く、この疾患の原因と治療方法が明らかになることを願ってやみません。









戻る/次頁へ
inserted by FC2 system