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海水魚飼育における雑談57



59.海水魚の白点病治療薬は開発されるか


海水魚飼育において、ほぼ全員が一度は遭遇すると言っても過言ではない病気が白点病です。ライブロックや生きたサンゴ類を入れていない、海水魚だけの混泳水槽で発生した白点病は適切な薬物治療を行えばそれほど怖いものではありません。

しかし昨今の海水魚飼育法は、自ら難易度を跳ね上げるようにライブロックや無脊椎動物と魚を一緒に飼う事が多いため、まるで40年以上昔に戻ったかのように発生が恐れられるようになっているようです。



無脊椎動物が水槽にいると白点病治療が困難になる最大の理由は、白点虫を殺す効果が強く、且つサンゴやエビといった観賞用の無脊椎動物にはほぼ無害である、という物質が未だに見つけ出されていないからです。ではなぜ白点病治療薬の開発は進まないのでしょう。無論、対象が何であっても治療薬の開発とは難しいものですが。

これは人間用の一昔前の医薬品開発に置き換えてみれば非常にわかり易いと思います。医薬品開発の最初は、まず目的とする疾患に弱くてもよいので効果がある物質を見つけ出すことから始まります。幸運にもこのような物質が見つかれば、今度はその物質をリード化合物として化学構造を変化させ、より強い効果を持つ物質を探していきます。

こうして得られた複数の物質に関して、今度はその物質が生物(最初はラットやマウス、次いでイヌやサル)に対して有害性を持つかどうかを確認していき、最終的に強い有効性を持ち、極力弱い毒性を持つ物質が対象生物(人間用の場合はヒト、動物用の場合は目的の動物種)を用いた臨床試験に進むのです。

このように幾つものステップを踏み、膨大な手間と時間とコストがかかる医薬品ですが、はっきりいって観賞魚という市場を見た場合、市場が小さすぎて(消費者が少なすぎて)採算が合いません。

開発費が回収できなければ企業はそもそも開発を行いませんので、観賞魚用の新しい疾病治療薬が国内で開発されることは稀なのです。もちろん海水魚用の白点病治療薬であれば、養殖業界までを視野に入れれば開発費は回収できると思いますが、それでも開発を阻む壁が存在するのです。



その壁はズバリ言ってしまえば法律です。まず水産用医薬品の入手や使用方法に関しては「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(通称薬事法)が、また商品としての魚への医薬品の残留を制限するための使用期間制限に関しては食品衛生法が、それぞれ関与してきます。

我々アクアリストの場合、関係する法律は薬事法でしょう。別に飼っている魚を食用として出荷するわけではないので、魚体への薬物残留に関しては魚に有害な影響がない限り考える必要がありませんから。

さて薬事法によれば、きちんと動物用(水産用)医薬品として開発・承認を得たものは獣医(大体は漁協や関係のある水産試験場等の研究機関に所属)による指導書なしで手に入れて使用する事自体、厳密にいえば法律違反という事になってしまいます。また、この薬事法によって各々の水産用医薬品は魚ごとに使用方法、休薬期間などが厳しく定められており、それと異なる使い方は認められていません。

したがって、養殖用に開発された水産用医薬品は様々なものが存在しますが、私たちが使うには観賞魚も診てくれる獣医を見つけ、処方箋を出してもらい入手するしか方法がありません。

もしこのような幸運に恵まれれば、外傷性ビブリオ病等の細菌感染症に対して、水産用抗生物質を使った治療も可能でしょう。また、ウイルス性疾患に対するワクチン接種も可能になるかもしれません。

少し話が逸れましたが、「養殖」とは、収穫の目的をもって、人工手段を加え水産動植物の発生又は生育を積極的に推進し、その個体の数又は量を増加させる行為、ということですから、たとえ効果があっても使えない物質というものが存在します。

ホルマリン、マラカイトグリーン、「工業用○○」、「食品添加物用○○」、「研究用○○」、「試薬○○」などを使用することは禁止されているのです。したがって、私達には馴染みのある硫酸銅(銅イオン)を白点病治療に使うことはありません。

ます開発を行うためには、多数の候補物質の効果を評価するために、簡便且つ大量に試験できる評価系が存在することが前提となりますが、これは既にクリアーされています。一例ですが東京大学の魚病学研究室ではCryptocaryon irritans に関して魚類培養細胞を餌として試験管内で成長させることに世界で初めて成功し、現在もこの方法を用いて病気を起こすメカニズムや化学療法に関する様々な研究を行っているそうです。

現在は、養殖場において白点病発生の引き金となる環境要因の解明、並びにワクチンや経口治療薬の開発を中心に研究を進めているとのことですが、既にリード化合物となる物質を見つけているのか、またそこから強い効果を持つ物質の発見まで漕ぎつけているのかは、残念ながらわかりません。

もし候補化合物まで見つかっていれば、後5年もすれば、銅イオンなみに治療効果が強く、失明や消化器障害による拒食等の副作用がほとんど起きない治療薬が開発されるかもしれません。ただ恐らく、この研究によって作り出された治療薬は、国の認可を受けた正式の水産用医薬品になる可能性が高いので、我々アクアリストでは簡単に使えないという未来も同時に見えてきてしまいます。



これまで書いてきたことで、観賞魚用の魚病治療薬というものがなかなか開発されない理由が分かってもらえたと思います。ではここで話を元に戻して、実際に白点病治療薬開発の可能性はあるのでしょうか。

表題に対する私なりの結論を申し上げると、将来的にはおそらく海水性白点病に対するワクチンなり経口治療薬なりが開発される可能性は高いと思いますが、後どのぐらい待てば開発されるのか予想が付きませんし、アクアリストが使用するには法律的な壁が立ちふさがりその恩恵を受けるのは難しいと考えます。









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