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海水魚飼育における雑談13



14.細菌感染症への対処


海水魚の病気の中で,内臓性の細菌感染症を治療することは至難の業です。人間の場合は病院に行き,感染源の細菌をある程度特定し,その細菌を適応とする抗生物質を投与すると同時に,急性炎症への対処療法を行うのが普通です。水産業(養殖業)の世界でも,細菌感染症に対して人間用ほど種類はありませんが水産用の抗生物質を獣医師の処方によって使用し,治療します。

ところで抗生物質とはどのようなものか,皆さんはご存知ですか。元々の定義は,「微生物由来の,他の微生物の発育や代謝を阻害する化学物質」というものでした。簡単に言うと,カビや放線菌等の微生物が,自分の邪魔になる他の微生物を排除するため産生・分泌する物質です。

現在ではウイルスや真菌に対する薬物も抗生物質と呼ばれることもあり(ウイルスに対する薬物は坑ウイルス剤という呼び名の方が,個人的にはしっくりとしますが),定義が「微生物が産生し,ほかの微生物など生体細胞の増殖や機能を阻害する物質」というものになっています。



抗生物質は様々な種類のものがありますが,すべての細菌類に効果があるわけではありません。抗生物質が作用する抗菌作用の範囲,言い換えると感受性微生物の範囲を抗菌スペクトルと呼びます。

要するに,Aという抗生物質は狭い範囲の細菌にしか効果がありませんが,Bという抗生物質はかなり幅広い細菌に効果がある場合,Aの抗菌スペクトルは狭い,Bの抗菌スペクトルは広い,という言い方をします。

具体的に言うと,世界で初めて実用化されたペニシリンはグラム陽性菌、グラム陰性球菌に対しては強い抗菌作用を示しますが,それ以外の細菌にはあまり効果はありません。それに対して,テトラサイクリン系抗生物質はブドウ球菌・肺炎球菌などのグラム陽性菌,赤痢菌・大腸菌などのグラム陰性菌,リケッチア・クラミジアなど広い抗菌スペクトルを持っています(人間用としては,既に耐性菌が多いためあまり用いられません)。



養殖業の場合,抗生物質の投与は餌に混ぜて経口摂取させる方法が取られます。例えば例に挙げたテトラサイクリン系の抗生物質は腸管で効率よく吸収されるため,体内や内臓性の細菌性疾患にも治療効果が望めます。

しかし抗生物質によっては腸管から吸収されにくいものもあるため,種類によって最適な投与方法があるのです。一般のマリンアクアリストからすると,非常に厄介な内臓性の細菌性疾患をも治療する術があるというのは実にうらやましいと感じるかもしれません。



しかし抗生物質の乱用は決して行ってはいけません。これは抗生物質の宿命というか,科学と細菌の生存競争というか,多用しているとほぼ必ず耐性を持つ細菌がでてくるのです。

人間は様々な研究を行って,細菌独特(動物や人間には影響ないが細菌には必須)の生理機構を阻害する化合物を見出してきました。その結果ターゲットとなる細菌は駆逐されていくのですが,どういうわけか遺伝子組み換えや突然変異等によってターゲットとなる経路をバイパスさせたり,体外に排出する機構を獲得したりする等,抗生物質に耐性を持つ細菌が生まれます。

そして感染症に抗生物質を用いることで適応対象の細菌はどんどん駆逐されていくのですが,結果として耐性菌は生き残り次第にその種類の細菌の中で優位性を持ち増えていくことになります。



したがって,水産の世界でも人間と同様に入手には獣医師の処方箋が必要となります。このことは,医療という面からは間違いなく正しく,病気を上手く克服するために必要なのですが,一般のマリンアクアリストには治療方法の選択肢を狭める結果になるのです。

私達の場合,せいぜい市販の抗菌剤(エルバージュやグリーンFゴールドの有効成分は,合成抗菌剤であり抗生物質ではありません)を使用するしかありませんが,その効果は抗生物質に比べ強くはありません。故に外傷性ビブリオ症や内臓性ビブリオ症に代表される細菌感染症の治療は困難なのです。

理屈では素人が抗生物質を使う事の弊害を理解できるのですが,実際に飼育魚が細菌感染症に罹った際には何とももどかしい思いをするのは私だけではないと思います。



海水魚の病気を診てくれる獣医師は極少数です。もっと増えてほしいとも思いますが,では「患魚を連れてきてください」と言われてもなかなか実際には困難(病気の魚を掬うために追いかけ回し衰弱させたり,魚のサイズによっては移動のために大きな容器が必要だったり,その間の水質や保温の問題もあります)でしょう。

まさか往診に来てください,と言うわけにもいかないため,結局は飼育者が無免許の藪医者気取りで治療するしかないのかもしれません。







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