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海水魚飼育における雑談26



27.海水魚と高水温


これからの季節,気温が30℃を超える事もここ10年近くでは当たり前のようになりました。記憶をたどれば,確実に夏場の平均気温は20年前に比べて上がっただけでなく,30℃を超える日自体も格段に多くなったと言えるでしょう。

私の場合,玄関と居間の両方に水槽を置いている事もあり,夏場の高水温対策は普通のルームクーラー(1階の居間と日本間のクーラーを2台,10時に稼働するよう予約設定)を25℃設定にして,各部屋のドアを開けて1階全体を冷やすことで行っています。この方法で,数年前の猛暑(連日気温が30℃を超えた時)でも何とか水温を28℃以下に保つ事が出来ました。

最近私はどの水槽もサーモスタットを27℃に設定して,年間を通じてなるべく27℃前後で飼う事にしています。以前は水槽用クーラーを使っていましたが,30℃を超える気温では室内の温度が水槽用クーラーの設定温度以上になってしまうため,それならばルームクーラーで温度管理する方が楽だと考えたのです。

2台稼働させるのは,4代目のメレディティエンゼルを2011年夏にクーラーの故障で落として以来(水温が少なくとも半日以上34℃以上になったと考えられます),万が一の場合の保険にするためです。ということで今回は,高水温が海水魚に与える影響に関して書きたいと思います。



海水魚は種類によって許容できる水温の上限が異なります。皆さんが飼っているサンゴ礁の魚達は,意外にも高水温に強いというわけではなく,むしろある一定の温度幅に適応しているため大きな温度変化はそれ程耐性があるわけではありません。

私の好きなメレディティエンゼル(東オーストラリア)やキヘリキンチャクダイ(日本の四国以南,フィリピン,インドネシア)は,25〜27℃辺りが餌食いや成長の観点から至敵な温度環境のように思いますが,やはり27℃よりは25℃の方がより調子が良いように見えます。

では低い方はというと 22〜24℃でもやはりそれ程問題なく飼えると思いますが,冷却に掛かる費用の面から夏場にこの温度帯を維持することは結構大変ですから,年間を通して26℃前後に維持できれば非常に調子良く飼う事ができます。

しかし水温が30℃を超えるような日が連続すると(1週間以上),肌艶が悪くなって餌食いが落ち,背肉から痩せてきます。このようになってもすぐに死んでしまうようなことはありませんし,なるべく早く水温を28℃以下にしてやれば状態は良くなります。ただし落ちた背肉に関しては,戻るのに時間が掛かることは言うまでもありません。



では海水魚と水温の関係をもう少し詳しく考えてみましょう。養殖業界での研究によれば,マダイ稚魚に関しては,従来知られている養殖最適水温の25℃前後ではなく29℃付近がもっともよく餌を食べ,成長も優れていることがわかっています。

本来の生息環境より多少水温が高い方が成長速度は速いのです。では高水温飼育が良いのかというとそうではなく,この水温を1.5℃上回った30.5℃では逆に成長が悪くなったとのことです。

この結果は,マダイにとって29℃は最大の成長速度が得られると同時に,一歩間違えると生産性が急落する(もちろん調子も落としてしまいます)きわどい水温であることを示しているのです。

私も実際,メレディティエンゼルの飼育を通して水温28℃ぐらいまでは良く餌を食べて成長も早くなった経験を持っています。しかしこちらも,30〜31℃の水温で連日飼育していくと餌食いが落ちて背肉が痩せ始めました。



先ほど例に出したマダイの研究では,水温を変えて一定期間絶食させると体内の脂肪が減少し,この減少割合は高水温ほど高いことがわかったそうです。その一方で,筋肉は水温が高くてもほとんど減少しないことから,マダイは高水温下では餌として口から取り入れる餌量の低下に代わるエネルギー源として体内に蓄えた脂肪を利用し,タンパク質はそれほど利用していないと考えられています。

しかし高水温に曝された魚で起きている体内の変化はそれだけではありません。海水魚は変温動物であり,外的環境(水温)の生理活性に与える影響が人間などの恒温動物より大きい事は周知の事実です。

高水温化では新陳代謝が上がって運動活性も高まります。新陳代謝が上がるという事は,それだけ体内のエネルギー消費も増加し,そのために普段より遥かに多いエネルギー産生も必要になるのです。

より多くのエネルギー源が必要であれば,それを餌の摂食という行動によって取り込まなければなりません。しかし30℃を超えた水温では,先に述べたように餌食いは確実に落ちるため必要量を賄えないのだと思います。

マダイの場合,成長にとってプラスに働く水温は29℃までであり,30℃を超えると栄養補給とエネルギー産生のバランスが崩れマイナスに働くようですが,大多数のサンゴ礁の魚達も30℃が境になるように思われます。



これらの報告から考えるに,例えばメレディティエンゼルの場合は,30℃以上の水温になると新陳代謝の過活性によってより多くの餌を摂取しなければならないにもかかわらず,餌食いが落ちる事でエネルギー源が足りなくなったために,体脂肪がエネルギー源として利用され脂肪減少による背肉の痩せが起きたと推測することができます。

背肉の痩せが主として脂肪の減少だという考えは,拒食になって背肉や胸の部分が痩せてしまった魚でも,遊泳能力に関してはそれ程低下していない事から,正しいように思えます。

人間の場合,大して運動もせずに脂肪が減って痩せるのですからありがたい事でしょうが,魚の場合はそうそう喜んでもいられません。特にキートドントプルス属の仲間は,背肉が落ちると元に戻すためには比較的時間が掛かるからです。



さて,30℃を超えてさらに水温が上昇し35℃近くまでになると,もはや正常な生理機能を維持できず魚は死んでしまいますが,死後も高水温は影響を与えます。

高水温の環境下で魚が死亡すると,今度は低温環境下に比べ筋肉なども急速に自己消化(分解)されていくのです。遺体が高水温で長時間曝された場合,皆さんが会社や学校から帰ってきて水槽から掬った際にすごく痩せていると感じるのは,遺体の分解も加速されているためです。

まあこの事は,暑いほど死体の腐敗が早くなるという推理小説でもおなじみの事実ですから,皆さんもよくご存じのことと思います。



以上のように,魚にとっての適温から外れた高水温は確実に悪影響を及ぼします。今年はエルニーニョの発生が観測されていますが,多分猛暑となる可能性が高そうです。まさか5月末に気温が30℃を超える日があるとは,私も予想外でした。

幸い対処法は揃えていますが,それでも日中は家に誰もいないので不安は残ります。皆さんも,どうか水温を適切に保つための設備投資を最大限に行ってください。そうすれば魚達も美しい姿を長く見せてくれるでしょう。







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