「水槽の立上げ(2)」でも書いたように、海水魚飼育における濾過能力とその水槽で飼育できる数の関係は、「(飼育魚が排出するアンモニア量+餌等の腐敗で発生するアンモニア量)≦(濾過バクテリアのアンモニア+亜硝酸の処理量)」でなければなりません。
では皆さんが当たり前のように言っているアンモニアとは、どのように魚の体内で産生され、体外に排出されるかご存知でしょうか。少し難しい話ですが、これらについて少し示そうと思います。
まずアンモニアは、魚が口から摂取した餌中のタンパク質を異化(分子を小さな構成部分に分解してエネルギーを取り出す代謝過程)する結果作られます。これは人間でも同じことで、食べ物として口から入ったタンパク質は消化酵素によってより小さな単位であるペプチドや、最小単位であるアミノ酸へと分解され体内に吸収されます。
アミノ酸は窒素、炭素、酸素、水素、硫黄から構成される化合物で、一部の特殊なものを除き、タンパク質は20種類のアミノ酸が結合して作られています。これらのアミノ酸は、最終的に二酸化炭素と水に分解されるか、糖新生(ブドウ糖を作る)に使用されることになります。
糖新生は酸素呼吸を行う生物に共通する重要な機構であるTCAサイクルを経由して行われ、ATP(エネルギー)も産生されます。動物の代謝では、アミノ酸からのエネルギー供給は全体の10〜15%であるといわれています。
TCAサイクルによるアミノ酸代謝(Wikipedia アミノ酸の代謝分解 より転載)
大部分の魚は、水中生活ということもありアミノ酸に含まれる窒素の最終代謝産物がアンモニアです。アンモニアは主にアミノ酸の肝臓における異化過程や、運動時に筋肉で生成され、血液を介して鰓まで運ばれ外界に排出されます。
魚の血液は水中呼吸ということもあり二酸化炭素分圧が非常に低いため、血液のpHは通常約7.8〜8.0と高いのです。このため血液中のアンモニア分圧は外界よりも高くなり、アンモニアは濃度勾配に従って血液から外界に素早く拡散します。この際、鰓の最外層と外部環境との接点のpHは、二酸化炭素や水素イオンの排出によって血液よりも常に低く保たれているため、アンモニアの拡散が促進されます。
このように魚は水中にいる限り、エネルギーを使用せずにアンモニアを体外に排出することが可能なのです。また多くの魚類は、全窒素排出量の10〜20%程度の尿素を、主として鯉から排出していますが、これは人間とは生成される経路が異なっています。
水中生活に適した窒素最終代謝産物・アンモニアの排出機構を持つ海水魚ですが、環境的にほぼ無限希釈できる海の中ならいざ知らず、限られた極少量の海水しか存在しない水槽の中となると話は違います。アンモニアは水中生物にとって非常に強い毒性を持ち、飼育者である私たちはそれをいかに無害化するかで苦労することになるのですが、飼われている魚たちにとってはまさに死活問題なのですから。
また、白点病やウーディニウム病によって鰓の粘膜増生が起き、鰓での呼吸(アンモニアの排出も)が妨げられることが、魚にとっていかに生命を脅かされることなのか理解していただけるでしょう。
ここまで難しいことを承知で、アンモニアがどうやって魚の中で作られ、海水中へと排出されるかを書いてきましたが、海水魚飼育に関して毒物であるアンモニアを作り出すのは海水魚自身だと理解してもらえたと思います。さらに魚から出された糞便も腐敗すればアンモニアに変化しますから、魚が大きくなればなる程新陳代謝は高くなり、水槽中に排出されるアンモニア量は多くなるのです。
ということで、排出されるアンモニアは結局のところ魚が食べた餌の量に比例して多くなりますから、濾過能力の面からその水槽で魚が何匹飼えるかという事を考えるためには、魚の大きさ(体長)より魚の重さ(体重)だということがお分かりいただけたと思います。
では具体的に魚の重さはどの位なのでしょうか? こんな初歩的な事ですが、食用として買う鮮魚ならともかく、観賞魚をショップまたは通販で買う際に体長もしくは全長の記載はあっても体重の記載は見たことがありません。自分で測定してもよいのでしょうが、事前にケースやそこに入れた海水の重さを測っておき、そこに魚を入れて増えた重さの分が魚の体重だとわかっていても、魚が暴れたりして海水が飛散すれば正確な体重はわかりませんし、なにより大きな魚の場合掬ったり戻したりが大変で難しいでしょう。
まず基本となるべき情報に、1954年に佐伯有常博士が発表された有名な「魚の体重の30倍の重さの濾過砂があればよい」という理論があります。この理論は当時、日本だけでなく世界でも高く評価されたもので、それからかなりの期間、水族館や養殖関係などの飼育システム設計に応用されたようです。
当然のことながら、この濾過砂には濾過バクテリアがきちんと繁殖していることが前提でしょう(私は1958年に日本水産学会誌に掲載された佐伯博士の論文を読んでみましたが、内容は数学的で途中の論理構成は結構難しかったです。実験に使用した濾過砂は2〜5mmの石灰岩砕石又は風化花崗岩砂でした。10mm程度のサンゴ砂では若干違うかもしれません)。
私の経験上、90cm規格水槽以上のサイズを持つ飼育水槽とそれに対応した濾過槽を持つオーバーフローシステムであれば、かなり佐伯博士の理論に近い形で飼育が可能です(ただし濾過能力的に限定して)。無論、飼育に際しては濾過能力だけでなく混泳ストレスなども重要なファクターになりますので、各々の水槽によって飼育可能な魚の量は変動します(長期飼育を考えればさらに変動は大きくなるでしょう)。
私のメイン水槽は、通常のウエット濾過槽で1cm程のサンゴ砂を濾材としています。濾材は約28〜30kgなので、佐伯博士の理論に従えば930〜1000gの魚を飼えることになりますが、飼育という観点から混泳ストレスを考えると、その8割ぐらいに止めた方が無難でしょう。実際、私は過去に飼育魚の総重量が700〜750gという状態でメレディティエンゼルを6年ちょっと飼育していました(2回ほど)ので、佐伯理論の8割までなら濾過能力としては問題ないと考えています。
しかし60×45×45cmより小さいサイズの水槽で海水魚を飼う場合、魚の遊泳スペースがかなり限定されてしまうため、この佐伯理論によって算出された数値をそのまま適用することは難しいと思います。
案の定、その後に様々な人が理論を提唱していますが、安全性を考えれば大体50L(60cm規格水槽)ですと総量で60〜80gの魚が飼育可能というあたりが無理のない結果だと思います。しかしこれでは、どんな魚をどれだけ飼育できるかイメージがわきません。
ということで、昔の観賞魚誌を探してみたら参考となる記載を見つけました。ここで用いられている魚の大きさは体長(頭から尾柄までの長さ)です。
魚の体長と体重(出典:アクアライフ 4月 1981 No.20 P.83)
ご覧のように、体長5cmのヤッコ幼魚は体長4cmのルリスズメ1.25匹分ですが、10cmになるとルリスズメ10匹分に相当します。単純計算すると、ヤッコの場合体長が2倍になると体重は約8倍になるのです。そして、体長10cmのチョウチョウウオ類もルリスズメ5〜7匹分に相当します。
この数値を目安にすれば、立ち上げ時のスタートフィッシュの総重量を算出できるでしょうし、新たに加えようとする魚が立ち上げてからあまり時間の経っていない水槽の濾過能力にどの程度負担をかけ、それが短時間で対応できるものかどうかを判断できると思います。
ちなみにこの数値を使って私の各水槽での許容量を計算したところ、現時点でのメイン水槽は魚達の総量が約500g、90cmOF水槽が約320g、60cmOF水槽で約200gとなりました。
50Lで総量60〜80gの魚が安全に飼育可能という小型水槽での考え方を当てはめてみると、メイン水槽は大体350Lですから420〜560gの魚達を、90cmOF水槽は約220Lですから264〜352gの魚達を、60cmOF水槽は約110Lですから132〜176gの魚達を問題なく飼うことができることになります。この考えに従えば、メイン水槽、90cmOF水槽はどちらも安全なレベルで魚の数を保っていると言えますが、60cmOF水槽はやや過剰と言えます。
さて、今後魚達(特にヤッコ達)が成長することを考えると、2〜3年後にはメレディティエンゼルが体長19cm程度、ホシゾラヤッコが15cm程度まで成長し、昨年捕まえたチョウチョウウオ類も10〜12cm程度に成長すると推測できます。そうなればメイン水槽の魚達は総量で600g程度でしょう。
しかしそこに17cm程度まで育ったキヘリキンチャクダイを入れた場合、魚達の総重量は700gを少し超えるぐらいになり、小型水槽基準ですとやや上限を超えますが、先に述べたように120×60×50cmオーバーフロー水槽なので、佐伯理論や過去の実績から言えばまだまだ許容範囲となります。
また、90cmOF水槽と60cmOF水槽はコンパクトでも非常に濾過能力の高い砂状濾材を用いた流動濾過槽を採用しています。この場合、それぞれの流動濾過槽の濾材は、せいぜい600g程度なので総量20gの魚までしか飼えないことになってしまいますが、実際にはもう3年以上の間90cmOF水槽では問題が起きていません。60cmOF水槽も、再開してからでも3年半ですが同様に問題はありません。
この事は、流動濾過用の砂状濾材は佐伯博士が用いた濾過砂よりもかなり濾材のサイズが小さく、逆に表面積は相当大きくなる上に、濾材そのものが浮遊・流動することで濾過バクテリアと海水との接触効率が高いためだと思います。
ということで、今回目安として示した数値は、ウエット濾過を採用した小型水槽(60cm規格水槽や60×45×45cm水槽)や、90cm以上の水槽でも上部濾過や流動濾過以外の密閉式濾過で飼育する場合には、かなり参考になるものだと考えています。
もちろん、先に述べたように新しい魚を入れた場合の影響は濾過能力だけに出るわけではありません。水槽の容量が小さくなればなる程、濾過能力以外のファクターが飼う事のできる魚の数に影響を与えるようになります。したがってくれぐれも、新しい魚を入れるときには事前に一度立ち止まって、今回の情報も用いてどのようなリスクがあるのかをシミュレートしてみて下さい。