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海水魚飼育における雑談1



1.キートドントプルス属の未成魚を雄にするには


ヤッコの仲間は雌性先熟であることが知られています。雌性先熟とは幼魚や未成魚の段階では全ての魚が雌として存在し,ある程度の大きさになった際に何らかの切掛けがあった個体が雄に性転換する生態のことを言います。このような雌性先熟を行う魚は,ベラの仲間が有名です。逆にクマノミの仲間は雄性先熟であることが知られています。ただしヤッコの仲間の場合,ある程度成長し成魚サイズとなった雌が雄に性転換するかどうかはよくわかっていません。

キートドントプルス属のヤッコは,ゲニカントゥス属のヤッコほどではありませんが,ケントロピーゲ属と同様に成魚で雄雌の区別をつけやすい魚達です。もっとも,キートドントプルス属の中で雄雌が外観で明確に分かる種は,パソニファーエンゼル,クイーンズランドイエローテールエンゼル,キヘリキンチャクダイ,スクリブルドエンゼルの4種であり,キンチャクダイ,チリメンヤッコ,ホシゾラヤッコ,コンスピキュアスエンゼルに関しては雄雌を見分けるのは困難です。

逆に言えば,小さ目の雄個体というのは自然下では元々少ないため稀である,という事ができます。この仲間は,年間を通して大きな個体の入荷はそれほど多くありませんし,大きな個体は輸送で深刻なダメージを受けて調子を落とし,そのまま治らない事も多いのが実情です。

また一見調子が良いように見えても,大型個体は食性が固定化しているのか水槽中では餌付けに苦労することも多々あります。

私も15〜17cmの雄個体を水槽に迎えた際,1ヶ月ほど何を与えても見向きもせず,単独飼育にして半月ほどしたら突然アサリを猛烈に食べるようになったという経験を持っています。ただこの個体は,不思議と1か月半の間にそれ程痩せもしなかったことから,何かしらの餌をこちらが見ていない時に食べていた可能性はあります。これ程苦労はしなくても,15cmを超えた個体は雄雌を問わずショップで餌付いていなければ,餌を食べさせるためにそれなりの工夫が必要な難物である事が多いのです。

ではたまたま17〜18cm程の雄個体を手に入れる事が出来たとしましょう。幸いなことに,ショップで既に人工飼料を食べるまでに慣れていた優良個体です。雄個体としては相対的に小さ目のものを入手できたとしても,きちんと成長できる環境で飼おうとした場合,収容する水槽も最低で120cm,望ましくは150〜180cmのものが必要だと個人的には思っています。



  

Chaetodontoplus meredithi 雄成魚(約25cm) C. meredithi 雄成魚(約18cm) 



なにしろ120cm水槽であっても,このサイズの個体ではちょっと勢いよく泳げば水槽面にぶつかってしまうのですから。ということで90cmや120cmぐらいの水槽ですと,10〜15cmぐらいの雄個体が入手できるとベストなのですが,先に述べたようにそのぐらいの大きさで明確に雄のパターンを持つ個体はなかなかいませんし,素直に人工餌を食べてくれる個体となるとさらに少なくなります。ではどうすればよいのでしょう?

私はクイーンズランドイエローテールエンゼルが大好きなもので,常に水槽の主役として泳がせておきたいと考えていますが,前述のように,手塩にかけて大きくした個体が死んでしまったからといって,すぐにこちらが望むサイズの個体を手に入れる事は難しいのです。

そこで私は,比較的多く輸入されてくる5〜10cmぐらいの未だ顔面部分が黒い幼魚や,未成魚になりかかっていて薄らとイエロースポット発現の兆候が見られる,例え少し小さくても状態の良い個体を購入し,収容した水槽内で一番強い魚として飼育することで大きな雄個体へと成長させる方法を取っています。こうすれば,成長の過程も楽しめて一石二鳥なのです。

実際に以前,全長8cmと13cmの幼魚と未成魚をそれぞれ6年3ヶ月,6年2ケ月かけて飼育し,それぞれ19cmと23cm(共に機器トラブルで死亡時の全長)の雄にまで仕上げました。ただし自然の海で成長した個体に比べるとどうしてもイエロースポットが小さめのままだったり,顔面部分の青色がやや薄かったり,と幾つか課題も残っています。 

原因として水質(硝酸塩濃度を極力低くする),餌(何らかの成分が人工餌では足りない),照明(より天然光に近いスペクトルにする)等が考えられますが,複合的なものなのかもしれませんし,運動量が致命的に少ない事も原因の一つなのかもしれません。

現在,8.5cmの幼魚(入手時はまだ顔面部が黒色)を飼育中ですが,9ヶ月間で全長も12cm近くになり,顔も黒色から薄い青紫色となって主鰓蓋骨部分とその上の頭部に小さなイエロースポットが表れ,前鰓蓋骨外縁部にやや大きめのイエロースポットが浮き出し始めており,雄個体の兆候が見え始めています。前2例の経験から,おそらく15cm程度まで成長した際には完全な雄のパターンとなってくれることでしょう。



  

Chaetodontoplus meredithi 未成魚(約11cm)  C. meredithi 未成魚(約8cm) 



同じ方法で,過去に5cm程のキヘリキンチャクダイ幼魚を手に入れ,5年9ヶ月間の飼育で13cm程度まで大きくしましたが(60×45×45cm水槽だったためこの程度までしか大きくならなかった),顔の黄土色の文様が不規則な縞目となり,主鰓蓋骨部分が灰青色になる(これは雌雄を問わず成魚の表現型)等,雄の成魚パターンにすることに成功しています。

こちらも現在再現性確認のため,6.5cmの幼魚を入手して飼育中ですが1年間で全長が10cmを超え,先代と同様のパターンとなる兆候が見えてきています。

このように,入手した幼魚または未成魚をボスとして飼育できる環境を作ることができれば,キートドントプルス属の雄を水槽内で作り上げることはさほど困難ではないと考えています。ただし私のようにキートドントプルス属が大好きで,水槽のメインにしたいと思う人でなければ無理ですし,時間も年単位(最低でも1年半ぐらい)でかかるため,普通の人が行うには無理があるかもしれません。

しかしこの方法の最大の利点は,大型個体よりはるかに入手性が良く,しかも餌付け易く環境の順応性も高い幼魚や未成魚から容易に雄個体にすることができるため,90cm以下の水槽でもその水槽に適したサイズの雄個体を泳がせることが可能だという事です。まあ,盆栽化と言ってしまえばそれまでかもしれませんが,雄のキートドントプルス属個体は水槽内でも作る事が可能だ,という事は覚えておいても損は無いでしょう。

最後にこの知識があれば,大型ヤッコの混泳水槽にキートドントプルス属の未成魚を入れた場合,最初から雄の個体を除いてまず確実に雌個体に成長してしまうということは,容易に想像できると思います。ヤッコの仲間の場合,混泳水槽という飼育環境では雄になれる個体はあまり多くないのが実情なのだと思います。

またゲニカントゥス属のように,雄であっても同居魚により大きな他種の雄個体がいる場合,成魚と呼べる大型個体でも再度雌になってしまうのかどうかは,キートドントプルス属では不明です。



注)この頁で用いた画像は,アクアショップ・アクアライズ様の許諾を受け使用しています。







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