古くから知られており,ショップで泳いでいる魚でも稀に見る事ができる疾患です。
〈症状〉
本病の外観的特徴は各鰭に水泡様または腫瘍様の形成物が散在的,または集団的に形成されることであり,これらの形成物は頭部,く幹,鰭など全身に及ぶこともあります。
この水泡様の形成物は巨大化した皮膚結合組織細胞で,その大きさは100〜500μm,時にはそれ以上にもなります。この異常に発育した細胞はリンホシスチス細胞と呼ばれ,皮膚のみならず,筋肉,肝臓,卵巣,腸などに生ずることもあります。
当初は白点虫と見間違えるほどの小さい白い点ですが,病気の進行とともに大きくなります。しかし,魚に致命的障害を与えるものではなく,また,魚の活力にも殆ど影響を及ぼしません。ただ,口や鰓に出来ると摂餌や呼吸に弊害が出ることがあります。
〈原因〉
イリドウイルス科のリンホシスチスウイルス(DNAウイルス)の感染によるものです。
リンホシスチスウイルスについては,何種類かが同定されており,大きさについてはそれぞれにおいて異なりますが,大体100〜300nm程度のようです。
当然ながら肉眼はおろか光学顕微鏡での確認も通常の条件では不可能です。
実験的に,ウイルスを水中に加えて魚に接触させることにより感染・発症することが認められており,水を介する感染が主たる経路と思われています。また皮膚などに傷があると感染門戸となりやすいです。種種の寄生虫,闘争や取り扱い時のスレなどは感染門戸となる可能性が高いでしょう。
〈治療法〉
小さいうちに物理的に除去します。魚を静かにすくい浅い容器などに移し,手で魚の体を固定して,鰭の場合は条の先端に向かって爪先で,体表の場合は鱗の向きに沿って真水を含ませたガーゼやスポンジなどで何回か軽く拭いて,リンホシスチス細胞を除去します。
この際,エルバージュなどの抗菌剤を水で練って少量塗っておくとよいでしょう。ただ,魚種によっては,あるいは個体によってはこれでは強すぎて副作用(鱗の色が抜けて剥がれてしまう)が出た例も経験しているので,薬を真水に溶かした濃溶液(溶解度の上限ぎりぎり)を調製して,これを患部にスポイト等を使ってかけてやっても同程度の効果があります。
大きく成長し固くなったリンホシスチス細胞は無理に取ろうとせず,真水を含ませたガーゼやスポンジなどで何回か軽く拭くことを繰り返すと,真水が染みこむことによって柔らかくなるので,何回か(何日間か)に分けて繰り返し行い除去します。固いリンホシスチス細胞を無理に取ると大きな傷ができることもあるので注意しましょう。
なお,飼育環境が良い(残餌やゴミを少なくする)と,たまに発病しても数日中に自然治癒することも多いです。筆者の水槽でも極希に発症することがありますが,何も治療を施さなくても短期間で完治している事が多いです。
しかしリンホシスチス細胞が大きくなったり,数が増えたりする場合は速やかに治療を行うべきです。また,ホンソメワケベラやソメワケベラ,クリーナーシュリンプなどが食べてしまうこともあります。
〈予防法〉
飼育環境を清潔に保つ事。残餌などを水槽内に溜めないように定期的な掃除を行いましょう。魚を網ですくう場合は使用前に網を熱湯などで消毒したり,魚が網に引っ掛かった時に無理に引きはがさず,根気よく丁寧に外すようにしたりしましょう。できれば網を使わず,ザルやプラケースなどをつかって魚を捕まえることを奨めます。
UV殺菌灯を使っていると本症はあまり発症しないし,発症しても自然治癒することが多いので,本症に対し有効です。これはUVによる直接的なリンホシスチスウイルスの除去だけではなく,他の細菌などを殺すことによって感染門戸を減らす事も大きいのでしょう。オゾナイザーも同様の理由で効果があると思われます。
また,平時よりバランスのよい給餌を心がけて体力をつけ,ストレスをなるべく与えないように飼育すれば,淡水浴を行う場合も有利(魚が参ってしまわない)です。
また,全てがそうしてくれる訳ではありませんが,上に書いたように適度な大きさのクリーナーフィッシュやクリーナーシュリンプを同居させるとリンホシスチス細胞を食べてくれることがあります。
魚同士の喧嘩や網で掬った際のスレ,傷等が化膿した状況をこう呼ぶ事が多いです。この症状は厳密に言えば感染性の炎症であり,原因となっている細菌がビブリオ属でなければ病名が異なるのでしょうが,大抵の飼育書には慣例的にこう呼んでいます。
〈症状〉
皮膚炎型(外傷性)と腸炎型(内臓性)に分けられます。外傷性は,外観的に体表に「スレ」様の患部が形成されることが多く,時に潰瘍化が見られます。潰瘍性患部(潰瘍の一番わかりやすい例は人間の口内炎の患部である)の進行に伴って,腸その他の内臓諸器官に種々の病変が現れることが多いです。
体表の潰瘍は頭部,く幹,鰭のいたるところに生じます。潰瘍は初期には小円形で浅い(表皮の出血を伴うびらん性の小白斑)ですが,しだいに不規則形の大きく,かつ深いものに発展していきます(中心部から真皮は崩壊し筋肉が露出するようになる。さらに潰瘍が広大になると,筋肉組織も表層から崩壊してゆく)。潰瘍の周囲の皮膚は通常,出血,充血により赤変しています。病魚はある時点から敗血症となり,致死するものと考えられています。
内臓性は判断が難しく,筆者も経験が少ないのですが,簡単に述べれば体表に上記のような症状が見られないにもかかわらず,腸などの内臓が強い炎症を起こします。しかし,外観上はく幹部(腹部)がふくらみ(症状が進行すると出血を伴う),体色が黒変するぐらいであり,よほど悪化した場合でないと剖検しないかぎり内臓の炎症を確認することはできないでしょう。外傷性と同様,病魚はある時点から敗血症となり,致死するものと考えられます。
〈原因〉
本病は主にグラム陰性の運動性短桿菌(注:細菌の染色法の一つであるグラム染色法で紫色に染色されず,対比染色で赤色に染まる細菌),ビブリオ・アングイラルム(Vibrio anguillarum)の感染によりますが,他のVibrio 属の細菌も原因となり得るようです。
Vibrio anguillarum について述べますと,菌体は真直ぐかやや湾曲します。菌端は円形。大きさ0.5〜0.7×1.0〜2.0μmで通常一端に単鞭毛を持ち,運動性を持ちます。また,Vibrio anguillarum は毒素(未同定)を産生するようで,最終的には魚は敗血症となります。
しかし,海水魚ではPseudomonase 属の細菌感染性症がビブリオ症とよく似た症状を伴うため,診断には当然原因菌の分離,同定を必要とします。
Vibrio anguillarum を含む病原性Vibrio 属細菌は,海水中や海底土中に存在し,魚の体表や腸内に常在していることが示唆されていますが,感染経路の一つは皮膚であり,その場合,皮膚に生じた損傷が重要な感染門戸となると思われます。また,他の魚のビブリオ症患部をつついたりした場合,腸管なども感染経路になると思われます。
〈治療法〉
初期であれば治療可能です。スレから発赤が起こった段階で治療対策を行いましょう。潰瘍化してしまった段階での回復は困難です。
外傷性の治療は水産用の抗生物質や市販の抗菌剤(エルバージュ等)による薬浴か,リンホシスチス症の治療法で述べたこれら薬剤の患部への塗布によります。
薬浴の際,薬剤の使用は取扱い説明書に従って行うのですが,グリーンFゴールド顆粒は海水魚での吸収性が良いようで半量で行う事をお奨めします。
病魚を取り出す際は,できれば網を使わず,ザルやプラケースなどを使います。また,複数の飼育魚に本症が現れた場合,同居する他の魚への感染を防ぐために,本水槽に薬剤を投与して水槽全体を消毒する方がいいでしょう。
内蔵性の場合,養殖魚ではこれら薬剤の飼料に混ぜての経口投与が一般的でありますが,観賞魚の場合は困難だと思われます。
私が過去に試した例として,エルバージュ濃溶液に浸漬したクリルを与えたことがありましたが,味が不味くなるらしくあまり食べませんでした。しかし練り餌のようなものに薬剤を染みこませれば治療できるかもしれません。
〈予防法〉
リンホシスチス病同様,とにかく飼育環境を清潔に保つことが最大の予防です。残餌などを水槽内に溜めないように定期的な掃除を行いましょう。
このような前提条件の下にUV殺菌灯を設置すれば,筆者の経験上,滅多に発症することはありません。
しかし本症の感染門戸は皮膚の損傷と考えられていますので,魚を網ですくう際はエルバージュ等で薬浴してやる等,日頃からの注意が必要です。また,外傷の治りが遅いようならば,早めに薬浴や患部への薬剤塗布を行いましょう。
本来ここに区分すべきか悩ましい疾患ではあるのですが,細菌が原因の場合もあるため便宜上ここに区分します。
〈症状〉
外観的特徴は,病名が示すように眼のレンズ部分または眼球が膨らみます(突出する)。
レンズ部分が膨らむ場合,単純に膨らむ症例とレンズ内に多数の気泡が出来たように膨らむ症例があります。眼球の突出もただせり上がる症例と膨張が伴う症例があります。
レンズまたは眼球がやや膨らみ気味だと認めてから,1〜2日で突出のピークをむかえます。しかし,外観としては眼球がややせり上がる程度から,ひどい場合はまるで出眼金のようになってしまう等,その突出程度には幅があるのが実情です。
〈原因〉
よくわかっていません。
養殖魚の場合,ブリやイシダイ等の魚種で連鎖球菌の感染により眼球突出が観察されています。しかし連鎖球菌症では眼球突出に加え,出血,鰭基部の発赤も観察され,内臓の腫張も起こります。
観賞魚の場合,このような症状が併発することは希であり,眼のみに症状が現れる事が多いようです。
また,窒素含量が高い飼育水で飼育していると,眼付近の傷から入った,または血中に過剰に存在する窒素ガスが眼球に張り巡らされている毛細血管に作用して起こる,とも言われています。
本症の原因を解明するためには,今後さらなる研究が必要でしょう。
〈治療法〉
基本的には放っておくしかありません。一番よいのは他の魚に突出した眼球部を突かれないように隔離し,エアーレーションを強くし,清浄かつ静かな環境で様子をみることです。
しかし,病魚をすくう際に突出した患部を傷つけないよう,注意が必要です。できればザルやプラケース等の使用を奨めます。眼球やレンズの突出自体は,軽症の場合大抵の場合1〜2週間ほどで治るでしょう。しかし場合によっては,治るまでに1ヶ月近くかかる場合もあります。
なお私は,突出は治ったもののその後に拒食し,衰弱して斃死する症例も経験していますので,突出が治まった後もよく観察する必要があります。残念ながら拒食した場合は,筆者も治療が成功した例はありません。
また,重症の場合は眼球の脱落や,失明といった後遺症が残ることもあるようです。
〈予防法〉
効果的な予防法については,残念ながら筆者にはわかりません。
ただ,定期的な水換えや濾過槽掃除を行い,UV殺菌灯を設置した水槽ではあまり発症しないか,発症しても問題なく完治している経験を多く持っているので,清浄な環境を保つことが予防となる可能性が高いです。
ザ・海水魚 林眞次著 誠文堂新光社
魚の感染症[改訂版] 江草周三著 恒星社厚生閣
魚病図鑑 畑井喜司/小川和夫/広瀬一美編 緑書房
僕の小さな水族館 マリン・エンゼルフィッシュたち 松本謙一著 エリエイ出版
季刊トロピカル・マリン・アクアリウム エリエイ出版
ソルトアンドシー誌 シーガルクラブ
マリンアクアリスト誌 潟Gムピージェー
本田敦司他,シスト除去による海産魚の白点病の治療方法について.長崎県水産試験場研究報告 第22号 p. 15-20,1996年
羽生和弘他,淡水浴と低塩分水浴がマハタ若齢魚Epinephelus septemfasciatusの生残および寄生虫Benedenia epinepheliとNeobenedenia girellaeの駆虫に及ぼす影響.三重県水産研究所研究報告 第17号 p.45-54,2009年
一色正他,8%食塩添加海水浴によるヒラメのネオヘテロボツリウム症の治療.水産増殖 51巻3号 p. 363-364,2003年
魚介類に寄生する生物 長澤和也著 成山堂出版
魚病情報資料(寄生虫病・真菌病)増補加筆版(平成27年3月) 公益社団法人日本水産資源保護協会(Web上で入手できます)